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1345 ・・・・・ 池田 kd106169039217.au-net.ne.jp  
 またしばらく留守にしていてすいませんでした。
とにかくバタバタしていました。いや、いや、まだバタバタしていますが。
 でも仮住まいから自分の家にも移れましたし段々と落ち着いていくのでしょう。とても人事のようですが、僕自身も自分の心が何を考えてるのかさっぱり分からないのであとは時の流れに任すしかないのです。
 「やっぱりつまんないなー」「ものたんね〜な〜」と本気で午前中には思っていても午後になると「こんなきれいなところでトラクターに乗ってる俺、最高〜」と大きな声で吠えていたりするのでなんのこっちゃさっぱりわかりません。でも不安は不安です。だって「一体ここは何処なんや〜?」って起き抜けに思うのはもちろん、普通にお昼ご飯を食べ終わった後に「あれ?ここ何処?」って思ったりしますからね。まあ不安というよりも慣れていないということです。猫を連れて引越をしたときに新しい部屋でどうにも落ち着かなかった猫の為に、確か季節は初夏あたりだったと思いますが、わざわざこたつを作ってあげたら丸二日そこから出てこなかった時のあのこたつのような物が僕にも今あればいいのですが、ギター一本と段ボール箱三つをクロネコで送っての移住だったので気分としては素っ裸も甚だしくて、実際この前までは薄着でちょっと寒かったしで、とにかくあとしばらくして40歳になったら新たなるスタートを切るつもりで今は引き続きバタバタしておくつもりです。
 30歳になる時には「30歳になったらちゃんといろいろ考えよう」と思ってたら、30歳になった途端女の人に振られて「ぬお〜」ってやってる間に35歳ぐらいになって「じゃあ、40歳になったらなんか考えよう」って静岡でおじいさんがする生活を二年ほどやってたら「これはあかんぞ、これは静かなる病気や」ということに気付いた結果、今回は40歳になる前に一歩動けたことに、自画自賛の手前味噌しておきたいけど、ほんまにこんなんで大丈夫やろか?でも静岡で静かに枝垂れよしのの桜の老木と共に禿げていくよりはずっとマシな事は確かなはずです。

 九月ぐらいに関西でライブはどうやと誘われているのですが、たぶんその頃になったら僕のことやから余裕をぶっこいていると思うので、是非歌いに行けたらいいなと思っています。
 改まってなんですが、皆さんに会える日を、心より楽しみにしています。
これは社交辞令じゃないよ。心の底からの切実な、ほとんど唯一と言っていいほどの楽しみです。

2012/05/06(Sun) 08:29:40

1345-1 ・・・・・ たか 182-167-5-166f1.hyg1.eonet.ne.jp  
お誕生日おめでとう(⌒∇⌒)ノ""

ライブ楽しみにしてるよー♪

2012/05/20(Sun) 23:49:39

1344 ・・・・・ 池田 kd111107137051.au-net.ne.jp  
だいぶ落ち着きました。

甥の入学祝いに、いつものようにトミカを贈るのもおかしいと思い、やっぱり勉強関係の何かをあげようと思い、だから結局サンリオで新幹線の文房具セットを買って「ほれ、やる、めっちゃええやろ」と姉の家のダイニングテーブルの上に筆箱やら定規やらクレヨンを並べているその側で甥は、おっちゃんのプレゼントがいつものようにトミカでないものだから、ほとんど不貞腐れてしまってって、本当にもうちょっとしっかりしてくれないかな〜ってイライラするけどこればっかりは仕方のない事なのでしょう。

 おはようございます。

 心も体もとにかくバタバタしている間に日にちがものすごいスピードで過ぎています。正直真面目に何かを考える余裕もないぐらいです。
 そんなこんなでなんとなくですが仕事も楽しくやれそうで一安心しているところです。
ではその仕事とは?(やっとこういう自分中心の独り言がこっぱずかしい年頃になりました)
 ずばり農業です。甥が大きくなった時に僕がオクラやブルーベリーでも育てていれば自然と甥にも仕事が出来るのではと考えた姉の作戦に僕が乗っかった形になったわけなのです。
 あかん。ぜんぜん文章が書けません。本を読む時間も音楽を聴く時間もほとんどないので、頭の中に文字というものがまったく浮かびません。失礼。
 ということで四十歳を目前に控えて、やっぱり僕はガテン系に戻ってしまった事をここにお伝えしておきます。まあ結局僕にはこれが一番向いているようなので、それがわかっただけでもまあ一安心です。

 

2012/04/03(Tue) 07:53:12

1342 ・・・・・ 池田 kd106170067164.au-net.ne.jp  
また長く留守にしてしまってすいませんでした。ちょっと大事なことを考えていました。
ということで僕は今九州にいます。そしてこれは旅行ではありません。ほとんど移住のような行動になると思います。その理由は簡単でいつでも姉のところへ遊びに行ったり姪や甥と遊んであげられるようにしたいと僕が思ったからです。
 甥にはどうやら障害があるようで今年小学校に入学するのですがまだ言葉を喋れません。行動も正直ひどいものです。いつも疲れ知らずに走り回っています。でもそんな事は学校でどんどん治してもらえるでしょう。それよりも僕自身が大きくなった髭の生えた甥をかわいいと思えるようにしておきたくてこの移住を決意しました。
 甥と一年に一度会うか会わないかで甥が二十歳になった時今みたいに顔をべろべろ嘗めてくる甥を抱きしめてあげられるのかが正直僕にはわかりません。とても悲しい事ですが可愛くないと思ってしまうかもしれません。
でも僕にとって甥は今とても大事な存在なのです。
 姉の旦那さんの家系には天然パーマの人は一人もいませんが甥はクルクルの天然パーマです。一体誰の血を引いたのかって皆で考えたら、その時にはもうすっかり禿げてしまっていてすぐに気がつかなかった僕の親父の天然パーマを、おじいちゃんの髪を甥は受け継いでいたのでした。
 まあそんな事はよくあることなのでしょうが、僕にとってはとてもうれしい事に感じるわけなのです。今はもう親父が死んで姉は嫁いでなんと母ちゃんまで結婚して、池田の姓を名乗るのは僕一人になってしまいました。まあそんなこともよくある事でしょうし、僕もそんなに悲しいとか寂しいと思っているわけではないのですが、それでも確実に甥が親父の髪、そして口をずっとポケッと開けていた小さい頃の僕にとっても良く似た顔でやっぱり口をボケっと開けている姿を見ると心から可愛いと思うわけなのです。

 すいません。パソコンの充電が切れそうなのでここで送信します。
 改めてまた書き込みますが、今回は本当に悩み疲れていて、なんとなくでは書き込めず、相談や報告がまったくないままの移住になってしまい誠に申し訳ありませんでした。
 静岡でボケっとしているくらいならと何度も思い、でもな〜、と何度も戻りでやっと移住となりました。

2012/03/19(Mon) 17:18:27

1342-1 ・・・・・ p5211-ipad07kamokounan.kagoshima.ocn.ne.jp  
移住おめでとうございます。
家族のそばへの移住、いい決断だと思います。
私は親不孝の移住をして、あの時の自分を腹立たしく思うことがよくあります。
池田さんには、私みたいな移住はしてほしくないな〜と思っていたので、大事なことをちゃんとわかっていた池田さんはえらい!!!余計なお世話やな。
ほな。

2012/03/20(Tue) 00:08:44

1340 ・・・・・ 池田 kd119107107117.au-net.ne.jp  
天気の悪い土曜日です。でも暖かいです。春間近になればなるほどこのような日が繰り返されていくのでしょう。三寒四温。だけれどまだ気を緩めてはいけません。三寒のどこかでまさか雪なんかちらついたり、積もってしまったりしたら真冬と違ってとっても損をしたような気がしますからね。東京にいた頃、四温と三寒のちょうど変わり目の日に、ほとんど寝ぼけたまま昨日と同じ薄着で家を出てしまって、「あれ?なんだか今日は寒いぞ」と気付いた時にはもう電車に乗ってしまっいて、ぼんやり眺める総武線の車内に映るテレビの天気予報の八王子方面に雪のマークなんかがあったりしたあの日はとっても辛い帰り道になりました。人それぞれでしたが、移動と現場で靴を代える人は荷物が大きくなる分、現場でぐずぐずに濡れても履き替えて足下良く帰れるのですが、僕なんかは毎日まっすぐ家に帰る気がこれっぱっちもなかったものですから、出来る限り手荷物を小さくする事に全神経を注いでいたので、相当に雨や雪が降ると分かり切っている日以外は安全靴一足で過ごしていました。ですから冷たい雪が現場の鉄板の上に積もる事はとっても辛かったのです。新人の頃はまだ足の裏の皮が柔らかくて雨や雪に濡れた帰り道はそれがふやけて剥けて、痛くて痛くて歩けないぐらいでした。
 いや〜、思い出すだけでも過酷な壮絶な楽しい毎日でした。そういえば自分の太股やお尻がこの頃とっても柔らかいのでちょっと注意報気味なのですが、カッチカッチに固まっていた頃よりも腰の調子や股関節の痛みや座骨神経痛などが幾分か柔いできていて、毎日の体調はあの頃に比べればずいぶん楽になったのは確かです。筋肉体重が四キロ落ちた分、体も二回りほど小さく貧弱になって、「あれ、池田さん、ちっちゃくなってません?」と女の子に言われるのはとても辛いのですが、さすがにもう力業からは引退を決意しましたので、それにいつまでもゴールドおじさん(筋肉おじさん)でいられるほどの元々の体格があるわけではないので、僕はなるべくスマートな体で歳をとっていきたいと諦めたというか決めました。ですが、実は最近ちょっと腰回りの肉がすぐにダブつきます。体重は変わらないのに一人運動を二三日サボるだけで一目瞭然です。まだまだいろいろ飲んで呑んで食べてお腹いっぱいになりたいので、常日頃から肥満だけには気を付けていきたいと思うのです。
 話は戻って、とはいうものの、今年の僕はテレビの中と、富士山と南アルプスに積もる遠くの雪しか見ていないのです。本当に静岡は暖かいです。正月が明けてからは暖房もほとんど使いませんでした。今月のガス代なんて二千円ですから。そうなんです。たくさん着れば暖房なんていらないのですはちょっと意味が違いますけれども。

 去年、要らなくなった衣装ケースに、もう養分もすっかりなくなった、刈り取って残った野菜の根っこだらけのパッサパサの元培養土を敷き詰めました。そこに家の前に広がる三枚の田圃の片隅にほったらかしになった余った稲の苗をひとつまみ頂戴して田植えしました。全部で十六本植えました。
 秋には銀色の穂が実りに実りました。とはいっても十六本ですから食べられる量ではないのです。だからそのままほったらかしにしておこうかとも思いましたが、なんだかそれも季節の風流っぽさが損なわれるような気がして、せっかく育った稲が枯れていく姿を見るのも心切ないような気がして、稲刈りの儀ということでちゃんと鎌を使って刈り取る事にしました。刈り取りました。すると刈り取った所から新しく稲の葉っぱがたくさん伸びて来ました。もしも日本に寒い冬がなければこのまままた新しい稲が育ちお米が採れるのだろうかと僕は思いました。それほどその葉っぱは青々としていて、十六本が十六本ともとても元気なのです。しっかりと光合成をして生きています。根っこの辺りから小さな気泡がプカプカと上っているのです。
 そして寒い冬になりました。稲は全て枯れました。枯れた稲は元培養土とグチャグチャになって底に沈んでいます。それに秋に散った山椒や紅葉の葉っぱも茶色くなって沈んでいます。他にもいろいろ沈んでいて、その沈んだものが何層にも重なっていて、思えば一番最初に元培養土を敷き詰めた時よりも底の高さが上がっているようにも思います。そして素手では触りたくないほど、カエルの卵っぽいドロドロさで汚いのです。
 朝方には氷が張ります。寒い日はお昼になっても氷が残ります。元衣装ケースの箱田圃に氷が張る日は朝の水まきも出来ません。ホースの中に残る水も凍っているので一滴も放水出来ないのです。ですが我が家の裏庭に太陽が当たるのは朝の十時ぐらいまでなので植物に水をあげる事が出来るのはその時刻までなのです。寒い冬のそれ以後に撒くと水が夜まで残って凍ってしまったりするので、とくに鉢植えものなどは枯れてしまうかもしれないのです。ですから裏庭に面した風呂場の窓を開けて風呂場の蛇口から水を取ってジョーロで撒きます。そうして裏庭に一通り撒き終わると、今度は赤い方の栓を回してジョーロにお湯を汲みます。そしてそれを元衣装ケースの箱田圃に張った氷の上にゆっくりと掛けながすのです。

 一昨日の午前中にもうすぐ春だよと言わんばかりの暖かい雨が降りました。そして午後からは梅の花が昨日までと違って見えるほどの輝く日和となりました。散歩から帰ってくると僕は裏庭を覗きに行きました。そしていつものように箱田圃を上から覗き込みます。
 僕はもうほとんど諦めていたのです。その姿を稲の枯れた十二月の初めから見ていなかったで。それにさすがにあの想定外の氷ではと諦めていたのです。一番凍った時にはカッチカチだったので。お湯を掛けてもビクともしない氷が何度も張りました。表面積も狭く深さもまったくない箱田圃の水があの寒い朝には全て凍っているように見えました。そんな日が何日もありました。ですからこの一ヶ月ほどは無駄だと思いこみ箱田圃にお湯を差していなかったです。
 じっくり覗き込んで確認します。1、2、3・・・・・。
 全部で8匹。12月の初めに姿を見せなくなる前の点呼も8匹でしたのでどうやら全員が無事に冬を生き抜いたという大、大、大生還です。これはすごい。凄すぎる。
 一体、このメダカたちはあの氷の下でどうやって生きていたのでしょうか。この寒い冬をどうやって?
 田圃と深く関わりのあるメダカ。田圃の減少や農薬の使用で絶滅の恐れまであるというメダカ。そう考えた時、もしかしたら我が家の精鋭たちメダカがこの寒い冬をまるでワカサギばりに氷の下で生き抜けたのはやっぱりそれには稲の力があったからではないのかと僕は思うわけなのでした。

 「稲なんか植えてないけど我が家のメダカも生きてたよ」
とかいう報告は出来れば我慢してほしいかな。
 

2012/02/25(Sat) 15:36:30

1339 ・・・・・ 池田 kd106170102196.au-net.ne.jp  
昨日、今日ととても天気がいいです。
まだ二月の中頃ですからさすがに早過ぎだとは分かっていますが、そこを忘れて暖かい日差しを浴びながら、もうそこまで春が来ているつもりになって家の周りや遠くの山なんかを眺めてみたりすると、「そうだ、今年の春には是非あれやこれをやってみたな〜」と多少元気よさげにワクワクとしましたけども、やはりまだ行動とテンションがうまくかみ合いません。
 海も山も行けば絶対に寒くて辛い思いをするのはわかっているので、どうしても腰が重たくなるのです。「あ〜、頑張って行ってよかった〜」と今年の冬にまだ一度も思えていないことが余計にこの腰を重たくしているのです。
 海ではなんにも釣れないし、山にはなんにも咲いていないし、海では風が強くて寒いし、山では道が凍っていて危ないしで、ぜんぜん楽しくない事をわざわざやりに行くのがとても辛くて、辛くて。
 だったら行かなければいいだけの事なのですが、だけど出来れば行きたい気持ちの方が強くて、それなのに出来れば行きたくない気持ちも強くて。そう葛藤している間に昨日も午後になってしまって結局どこにも行かずでした。
 よく分からないでしょ?
「一体、どっちなの?行きたいのか、行きたくないのか?どっちなん?」
 まあどっちにしてもこのこんがらがったややこしい矛盾をあっという間に解決してしまうスーパーアイテムがあるのでそれを発表します。それは、自動車です。そうです。自動車さえあればこの寒い冬にもどこへだって行けたのに。この寒い冬に笑いながらどこへでも。
 だけど今の世の中で「自動車が必要のない生活ベスト10」に必ず選ばれてしまうような僕の生活ですからね。もちろんお金もないけど、静岡で一人の間はガソリン代と保険代
と自動車税だけでもまったく無駄な贅沢品の自動車というわけです。
 ということでただただ早く春になるのを祈るしかありません。例年よりも一ヶ月早くとかでいいです。夏の長雨や冬の超寒波が目白押しだった最近ですから、その逆もあっていいのではないかと思うのですが。となると明日か明後日に春一番が吹くって事になるわけで、本当に吹いたらどうしようかと、そんな事を考えているとまたちょっとだけワクワクしてくるのですが、そんなわけないか、そんなことないかと思えば思うほど、しっかし今日もだいぶ暇になってしまいました〜。

「初USJは三十代のうちに行きなさい」
とかお告げあれば明日にでも一人で行くんだけどね〜。

2012/02/20(Mon) 15:28:19

1338 ・・・・・ 池田 kd211018047097.au-net.ne.jp  
夕方ぐらいに雨が上がって、夜になってやっと郵便物なんかを確かめに懐中電灯を片手に外に動いてみると、冬の寒さをすっかりなくした濡れそぼった夜気のなんとも言えない香ばしい匂いがしまして、それは梅雨の季節を終えたあのじめじめしたのとは違った七月上旬の初夏の雨、やっとこさの夏の到来に突然ビールが美味しくなるあの幸福の季節のスタートの瞬間になんだかとってもよく似ていましたので、「こいつは散歩だな」とあと一時間ほどしたらいつも通りに早寝をしようと思っていた重たい体の中に豆乳を流し込み、外に灰色のジャージを着込み、さて鼻歌でも歌いながらちょっと小一時間ばかり行ってくるかなのつもりが、ずいぶん疲れるまで小三時間ほども散歩し過ぎてしまいました。あともう少し片道の距離が長くなっていれば、バスに乗って帰ってくるところでした。あー、疲れた。
 そんないつもながらの自分のバカさ加減に、なぜか金融会社のあの優しいようで全然優しくないフレーズが頭の中にリフレインし続けていました。バスに乗りたくて乗りたくて仕方なくて、通り過ぎて行くバスを横目の、疲れた帰る道すがら「ご利用は計画的に、ご利用は計画的に、無理な借り入れには気をつけて」と。散歩を計画的にする必要はないとは思いますが、歩いて帰るのが嫌になるほどの無理な散歩には気を付けないといけません。
 そうなんです。こんなどうでもいい話しかないので困ったものなのです。是非とも「聞いて、聞いて」てな話題があればすぐにでも書き込むのですが、なんにもないのです。
「今日のカレーは美味かった〜」
のカレーも僕にはありません。もちろん昨日のカレーも一昨日のカレーも僕にはないのです。キャー、寂しいね。

 ゴットはなんとか四日後ぐらいにメールしてきました。隣のおばちゃんはあの三日後の朝七時半におでんとトママヨソースのロールキャベツとゴマたっぷりの筑前煮を馳走してくれました。美味しかったです。
 ああー、自分で書き込んでいて「知らんがな」って思うほど空しいものってないですね。

 とは言うもののなかなか今年はいいペースで書き込めているような気がしないでもないような気がしているのです。この調子で行けば年間書き込み数がとうとう更新出来そうな気もしないでもないような気もします。その数は数字ではなくて、よく書き込んだ、ぜんぜん書き込まなかった程度のなんとなくの感じでしかわかりませんが、十二月頃には、もしかして達成感を味わっているほどの書き込み数に今年はなるやもしれません。今のところ、一つ一つの内容は置いておいて十分期待していいぺースなのではないのでしょうか〜。
 是非この調子で、
「俺、フルマラソンを二時間半を切るペースで三キロ走ったわ」
にならないように頑張ります。内容は置いておいて頑張るっていうかちゃんとちゃんとです。

2012/02/14(Tue) 23:17:36

1337 ・・・・・ 池田 kd106170035254.au-net.ne.jp  
 すさまじい風の中、一生懸命こぐ自転車はスピードを出せば出すほど横にあおられるし、ゆっくり安全にしているといつまで経っても家に着きそうにないしで、ちょうどいいあんばいを探しながら、あ〜でもない、こ〜でもないと、左足、右足、上半身前傾、下半身立ちこぎ、突風に着席と、そうやってどうにかこうにか家には着きましたが、午前中のほんのちょっとの買い物でとっても疲れてしまいました。朝から明るい日差しがキラキラしてはいますが、風はとても極悪で非情に冷たくて、家に帰り着いてしばらく経ちますが、まだ顎から耳にかけてすごく痛いです。

 まあそんなわけで夜明け前のどうでもいい話は終わりです。結局は第二部も上下巻ともにちゃんと読みましたよ。ここまでこれっぽちも本の内容を僕が書いていないので、「この人、本当に読んだのかしら?」と思われている人もいるかと思います。はい。ちゃんと読みました。さすがにおよそ1200ページを全て「うわの空読術」で読んで「さっぱりなんの話かわかりませんでした」で納得出来るほど、僕も暇ではありません。いや、基本、すごい暇ですけれども、そんな事に時間を費やすような暇は持ち合わせていないと一応言っておきたいです。
 それでは、結局「夜明け前」は面白かったのか、それとも面白くなかったのか?さてどっちだ?う〜ん?わかりません。でもお腹いっぱいにはなったので読んで良かったです。第一部が終わったところで、「もしかして本棚に第二部の上下巻がなかったりして?いやあったりして?」と恐る恐る踏み台に乗って探してみましたら、ちゃんと第一部の隣に上下の順で並んでいたので、すこし畜生でした。もしも本棚になかったら?
 「仕方ない、仕方ない、さすがに買ってまで読む気にはならんね。」
 「図書館?図書館に行ってまで読む気にはならんね」
でした。
 では最後に夜明け前を読んで一番印象深かった事はなにか?誰かにそう聞かれたとしたら?
 それは、当時、明治維新の頃に畑を耕していたお百姓さんたちは季節季節の種まきや植え付けを今の新しい暦ではなくて旧暦で考え直さないと長年繰り返し繰り返ししてきたそのジャストなタイミングがわからなかったという、そんな本の内容とはまったく関係のないところの驚きと納得が印象深かったです。今の平成の時代でも「旧暦で言うと今日は〜の日です」と時々聞くのもそんな当時の人の大変な戸惑いのその名残なのかもしれません。以上〜。

 またなんだか野菜が高くなってきて困りますね。今年はあまりの寒さにビニールハウス栽培もピンチだと聞きました。ハウス内の温度は例年と変わらないのですが、地面が冷た過ぎるので野菜達がしっかりと根を張ってくれないそうです。とくにキュウリがピンチらしいのです。長雨の影響で秋にもだいぶ高かったのに、また冬にもですね。困りますね。
 一応僕は庭で、ミズナと春菊と葉大根とブロッコリーとロケットと芽キャベツとチンゲン菜とエシャレットとらっきょうとパセリ等々をちょっとずつ育てているので、自分で食べる分ぐらいのあおものには困らないので助かります。あらためて我が家のお庭に感謝している今日この頃です。
 だけど摘んですぐに食べるとすぐにお腹を壊します。普段でも生野菜はお腹を冷やすとよく聞きますが、冬の自家採り生野菜はもっとお腹が冷えるのです。

2012/02/08(Wed) 14:56:23

1336 ・・・・・ 池田 kd106170112025.au-net.ne.jp  
 静岡も冷たい雨が降っています。
 約300ページの上巻を読み終えて、そして約300ページの下巻の中頃まで読み進んだそんな深いところで、ようやくそんな浅いところに気付くというそのすっとぼけっぷりは、やっぱり常日頃の生活をほとんど完璧な一人暮らしで過ごし続けているというその一点に尽きると思われます。だからって決して引きこもっているわけではないのですが、海に山に街にとこの寒い冬にも自然を過酷なほどに楽しんではいるのですが、ただそこに人との会話だけは足りなくて、やはりいつも一人きり、浅はかの深みにはまりがちになるものなのです。物事を見ても物事を考えても、結局それほどはちゃんと見ずに考えずに一人で素通りしてしまうような事が度々起こるものなのです。ここで例えばと始めるとまたどこかへいってしまうし、この例えばを言いたいがためにどうでもいい夜明け前の話をしているので、さっさと本題で伝えましょう。
 僕はこの夜明け前という本の「第一部」という区分を上巻を読み終えて下巻の中頃になるまで一切気にしていなかったのです。僕はいつまで経っても約300ページのその全ての左ページ上に書かれている「第一部」が「第二部」に変わらない事に少しも気付かなかったのです。気にもしていなかったのです。もちろん、そんな文庫本は世の中の何処を探しても一冊もないでしょう。第一部上巻の途中で第一章が第二章に変わるように突然第一部上巻が第二部上巻には変わる事はあり得ません。それは区分がおかし過ぎます。いくら昔の本でもあり得ません。そして第一部上巻があるという事は必然と第一部下巻もあるということなのです。そしてそれは絶対に第一部下巻なのです。そこも突然第一部下巻ではなくて第二部下巻になんて絶対にならないのです。そんな事は読む前から分かっていた事なのです。ややこしい。とにかく第一部があるということは必ず第二部もあるということなのです。わはっは(笑)
 それなのに何故第二部の存在をすっかり忘れて第一部下巻の中頃で僕は顔面蒼白になったのか?
 本当に参りました。これは大げさではなくて、胃の上のあたりの何とか穴とかいうであろうツボが小刻みに回転しながら熱くのど元にせり上がって来て、赤い玉がポンって魂の化身として飛び出してしまいそうなくらいに自分のうっかりに、開いた口が塞がらず涎も気にならないほど戦々恐々としておののき参ったのでした。
 結局ですね。
 「夜明け前 島崎藤村」は第一部と第二部がまさかの完全な続きものだったのでした。と言われても「なにがまさかなん?」と誰もが思うはずです。その通りです。第一部と第二部は続いていて当たり前なのです。そこが僕の浅はかな深みに嵌ってしまった勝手な一人思いこみだったのです。
 僕はこの第一部と第二部を、龍馬がゆくの回天編と怒濤編であったり青春の門の筑豊編と自立編だったり、なんならチームバチスタとジェネラルージュぐらいの繋がりぐらいなのだと勝手に思いこんで、その思いこみもほとんど無意識のうちに、夜明け前を手に取ってしまったのでした。
 ところがどっこい、なんと夜明け前は第二部の下巻のとんでもない結末に向かって第一部は存在したわけで、そんなわけで第一部の合計約600ページを読み切ってみたところでこれっぽっちも話が盛り上がらなかったのは当然のことだったというわけなのです。ただしかしです。
 それならば、ところでどっこい?
 この第一部と第二部の定義はいったいなんなのでしょう?それならば山崎豊子のように、上中下巻、もしくは一巻、二巻、三巻四、五巻でいいではないですか?夜明け前の場合は文庫本が第一部、第二部にそれぞれ二冊づつですから合計四巻でいいではないですか?なのになぜ第一部と第二部の区分が必要だったのでしょうか?なんていったって第一部でなんの盛り上がりもなく下巻の最後に第二部に続くって、「半蔵の目にはまだ何も見えていなかった」とは書いてありませんでしたが、まあそんな感じのひとまずの締めで、なんで急にそこから第二部〜なのかもさっぱりわかりません。結局、夜明け前は中央公論の連載で昭和七年に三ヶ月間のブレイクタイムがあって、そこが第一部と第二部の定義なのでしょうけども、別に藤村さんも「さー、三ヶ月後から第二部だ」というほどの区分はなかったように思うのだけれど。全部僕の思いこみには間違いありませんが、第一部と第二部の使い方が若干現代とでは違う気がするのも僕の思いこみだったのかな〜。あ〜、先に言ってくれれば絶対に読まなかったのに。「一部が面白ければ二部も読もう」ぐらいに無意識に考えていた程度だったのに、まさかその第一部と第二部の定義が、ハーフタイムを挟んだ前半と後半みたいな区分だったなんて思いもしませんでした。

2012/02/06(Mon) 14:31:19

1335 ・・・・・ 池田 kd111107145124.au-net.ne.jp  
さて余計な事を書いて疲れてしまう前に、二度も続くにしてしまったどうでもいい話を終わらせないといけません。

 小さい頃、たぶん小学校に入る頃、ぐらいからだったと思いますが「本を読め、本を読め」と父親はうるさく僕に言いました。でも僕は本を読みませんでした。というか、ずいぶん遅くまでちゃんと字が読めなかったものですから、本を読もうとしてもどうにも頑張りようがなかったというのが本当のところなのです。そんな、机にじっと座っているだけで先生に褒めて貰えたような僕の事をまったく知らない父親は、人様が聞いたら思わず吹き出してしまうような的はずれな事を、字のちゃんと読めない小さな僕に繰り返し、繰り返し教えました。
「省一、本を読めと言ってもサスペンスやミステリーやSFは駄目だぞ。あんなものはなんの教養にもならん」
 最近、僕が本屋で手に取るものといえば、この父親の教えをすっかり忘れた、このミステリーがすごいシリーズや海洋冒険小説や医療サスペンスものばかりです。今さらこの僕には教養は少しも必要ありませんが、そのようなジャンルの本をここ十数年の間読みあさってきて、ふとあの頃の父親の教えを思い出してみて、少し気付いた事があるのです。それはこの父親が読むなと言っていたジャンルの小説にはもう一度読み返したいと思う物語があまりないという事です。これは僕の感想ですから、そんな事はないという人はもちろんいるでしょう。もしかしたら、そのような、人生のこの一冊、というような本に僕が巡り会えていないだけかもしれません。ですが今のところ、このジャンルの小説は、その結末を知ってしまえばそれで終わりというようなものがほとんどで、結局その結末よりけりで、その結末の僕との相性で、その小説が僕にとって味わい深いものであったか、そうでないものであったかのどちらかになるというわけですが、それでもしかしです。そのどちらにしても、もう一度最初からページを捲りたいとはほとんど思わないものがほとんどなのです。その証拠に心のどこかでまたいつか読みたいなと少しでも思っているのなら、そんな簡単にはブックオフに処分しに行かないのでしょう。何年後かにまた手にしたいと少しでも思っているのなら、段ボールの中だったとしても、押入の中だったとしても、一応手元には置いておくはずなのです。この僕も西から東へ、東から西へ、西から東へ、東から中部へとわりかし慌ただしく転居を繰り返して来ましたが、その処分する機会が何度もあったこれまでの生活の中で、これだけは絶対に手放したくないと連れて歩いてきた本が何冊かあるのです。その本を思い出してみました。するとその本たちはどれもこれも、あの頃父親に「省一、読むな」と繰り返し教えられたそれらのジャンルの本でないのですが、まあこれはただ単純に一人息子に対してのそのほとんどが失敗に終わった父親からの教育の、ただ唯一の洗脳的、すり込み的成果かもしれません。
 言ってるそばの冒頭からあっちゅう間に脱線してしまいました。
 さて、さて、その父親が「省一、これを読め」というか「省一、お前、これぐらいは読めるようになったのか」と、これみよがしに僕の前に二冊を重ねてドンと置きそうな「夜明け前 島崎藤村」はというと、非情に頑張って上巻を読み終えた後、ここで一休みすればもう絶対に手にする事はないであろう下巻を、だからもうそれを下巻とも思わないようにして、まるでカードマジックのようにすっと手元で上巻と入れ替えて、「マジで読むの?辛くない?」のその自問自答も十六分割された鍛錬中の脳の一番目立たない小部屋にそっと閉じこめて、そんな風に、ですが結局は籐椅子に四苦八苦で座り耐えながら、頑張って読み進めて、その下巻ももう中頃になるというのに、夜明け前はまだまだ一向に盛り上がりません。主人公青山半蔵がゆっくりと成長していく姿を淡々です。これはもしかしたら、この盛り上がりのなさ過ぎさが、この淡々というか飄々というか、「よくもまあこんなにも長い小説をたいした盛り上がりなしに根気強く作者は書き上げたもんだな、いや〜立派、立派」的な、そんな作業的観点からの名作なのではないのかと思うほど、他に類を見ないほどの、少なくとも僕の読書歴を辿る限りは、今のところ死ぬほど詰まらないナンバーワン純文学「夜明け前」なのです。

 ぜんぜん進みませんでした。何かに似ているなと思ったら、だいぶ古くなりますが、ドカベンのアニメがこんな感じでしたね。このようなシーンはありませんでしたが、その進まない感じを表すと、例えば先週のラストが九回ツーアウト、満塁、ツーストライク、スリーボールで、画面が放射状に真っ赤に静止して「つづく」になって、そして今週の始まりは、そのライバル校のバッターの回想シーンから始まって、そして中CMの明けでやっと先週から続いていた里中の投げた勝負の一球に思えたその一球はなんとファールボールで、結局今週の終わり五分前もまた九回ツーアウト、満塁、ツーストライク、スリーボールみたいな。でもこんなんと違って引っ張りに引っ張られても、とにかくドカベンは面白かった〜。

「おはようございます。静岡は良い天気です。」

2012/01/31(Tue) 07:20:24

1334 ・・・・・ 池田 kd119107127246.au-net.ne.jp  
東京は雪が積もっているという昨日でも静岡は日差しがとても強くてお昼の間は暑いくらいでした。
 気温はまあまあ低かったとは思いますが、日差しと共にしっかりとした紫外線が伸びてきていましたので、「仕方ないなー、そろそろ切ってやるかなー」って隣の庭に相当侵入した我が家の樫の木を切ってあげるということで、「今日のおばちゃん家の晩ご飯の二品ぐらいは駄賃に頂けますよね」と隣のおばちゃんに遠回しに催促のおしゃべりを試みながら、それはそれは大胆に、隣の庭に侵入しているそれ以上に、これから隣の庭に侵入すること間違いない枝枝までも、我が家の大事な樫の木を切ってあげたのに、まったくなんにも貰えませんでした。どうやら残念でした。もしかしたら一日遅で明日かな?それほど隣のおばちゃんのおかずはどれもこれも美味しいのです。一体?話の方向が違います。
 今日のお昼に隣のおばちゃんに晩ご飯の催促のおしゃべりを試みながら我が家の大事な樫の木を大胆に切っていたら、もうそれはそれは暑くて暑くて五分もしないで半袖になってしまいました。
 しかし本当に静岡は無用に横に長いと言われる暖かい県です。僕は小学校時代、長袖を持っていなかったので、半袖半ズボンでオールシーズンを過ごしたのですが、それは静岡だからこそだったのだと改めて思いました。
 だからって暖かさに調子に乗ったその勢いでパーカー一枚バイクで買い物に出かけましたら、さすがに寒くて冷たくて、家から500メートルぐらい走ったところでVターンを決めてダウンを着に戻ってきましたけども。そこまでは静岡も暖かくはなかったということです。
 
 いつまで経っても夜明け前という小説は盛り上がってきません。もう読み出して二百ページを越えているのに一向に盛り上がりを見せません。一冊約300ページの上下巻の長編小説であるにしても、そろそろ一度ぐらいは大きな盛り上がりを見せてもいい頃なのに、主人公の青山半蔵と同様に話の方ものろのろとしていて、正直言って読むこと自体にとても忍耐が必要な苦読の刻が久しぶりに訪れました。それでも一行も飛ばすことなく頑張ります。だって一度飛ばしてしまえば癖になること間違いないのです。とにかく上巻の後半辺りまではまっことクソ詰まらない夜明け前なのでした。
 ですからすこし集中力を失うと、その器用さをもっと鍛錬していけば、ゆくゆくは二分割が四分割。その次は八分割。そして八分割が十六分割といった具合に、この僕の眠り続ける右脳と左脳もそうやってフルにコントロール出来るようになれば、これからの僕の人生が大一変するのではないのではなかろうかと本気で考えてしまうほどに、それはそれは器用に、例えば夜明け前の中の地名を読んで「昔、この辺りにスキーに行ったっけな。たしか車山高原だったけかな?ところで誰と行ったんだっけかな?あの子と行ったな。あれ?あの子の名前は思い出すけど名字が思い出せないぞ。えっと、なんだっけ?なんて名字だっけ?思い出せないのはおかしいぞ、だけどなんかド忘れでもないような嫌〜な感じの忘れ方だぞ〜、くっそ」と全然違う事を考えながら何ページも捲ってしまえるほど、詰まらないのです。また違った。
 えっと、その名付けて「うわの空読術」を「うわの空」でなくする事が出来れば僕の頭もよくなるかもと思うのです。
 説明すると、左脳でも右脳でもどっちでもいいのだけれど、まず分割された脳の一部屋で本を読んでいます。そしてもう一部屋でその本の内容を理解します。そしてもう一部屋でそれを映像化して、そして次の一部屋でその内容から想像、連想をおこして、また次の一部屋ではその想像、連想からおこし生まれた自分自身の思い出を回想して、その次の部屋でその回想の中で出てきたド忘れした友達の名字を思い出すまで考えつづけているのだけれども、その間も最初の部屋でしっかりと本は読んでいるので。そしてその次の部屋でもしっかりとその本の内容を理解しているといったようにってなんのこっちゃ?わからん。
 とにかく詰まらないのです。まだ鍛錬していなので読んでいるはずなのに一字一句頭の中に残ることのないその「うわの空読術」を、ボーっとするたびに何セットも繰り返し繰り出してしまうほどに、夜明け前第一部上巻の200ページ辺りはとにかく詰まらないのです。
 ですけど「いけない、またうわの空の術を使ってしまった」と術を使い始めた辺りのページには頑張って戻ります。「ここまでは読んだ記憶があるけどここからは読んだ記憶がまったくないから、じゃあここから〜」といった具合に戻るのです。

 すいません。余計なうわの空のくだりでこんな朝早くからさっそく疲れてしまいました。ということでまさかのまた続くでお願いします。
では朝の挨拶を。「おはようございます。今日も足下にはお気をつけて〜」

2012/01/25(Wed) 05:19:13

1334-1 ・・・・・ ゴッド jig140.mobile.ogk.yahoo.co.jp  
Uターンですよ

2012/01/27(Fri) 19:28:47

1334-2 ・・・・・ 池田 kd111107145124.au-net.ne.jp  
おう、なんだ、びっくりしたぞ。波多中くんじゃないか。
で、最近、どうだい、どうだい?まさかVターンでもないでしょ?
きっと君の事だからアルテミスの矢がたくさんお尻の穴に刺さって抜けなくなってしまっているんじゃないかって心配してたんだよ。
でも直接聞くと僕と君の仲だから僕も自分の事のようにリアルに落ち込んでしまいそうだから、出来れば大山くん達を活性炭にして、そんなこんなもオモシロオカシク聞けたら、いつも以上にお酒が美味しそうだけれども。
 では、たまにはメールくださいね。僕もメールしますよ。メールくれないと直電しますよ。平日の夜九時以降に直ですよ。

2012/01/31(Tue) 07:45:05

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-Last Modified 2002/3/17-